宮崎さんに言われて、今まで残っている言葉は、何かあります?

確か毛沢東の言葉だと思うんですけれども。物をなし遂げる3つの条件っていって、若いこと、貧乏であること、あとは無名であること。

もののけ姫とエヴァンゲリオン(宮崎監督と庵野監督)

宮崎さんに言われて、今まで残っている言葉は、何かあります?

確か毛沢東の言葉だと思うんですけれども。物をなし遂げる3つの条件っていって、若いこと、貧乏であること、あとは無名であること。

もののけ姫とエヴァンゲリオン(宮崎監督と庵野監督)

宮崎さんに言われて、今まで残っている言葉は、何かあります?

確か毛沢東の言葉だと思うんですけれども。物をなし遂げる3つの条件っていって、若いこと、貧乏であること、あとは無名であること。

もののけ姫とエヴァンゲリオン(宮崎監督と庵野監督)

宮崎さんに言われて、今まで残っている言葉は、何かあります?

確か毛沢東の言葉だと思うんですけれども。物をなし遂げる3つの条件っていって、若いこと、貧乏であること、あとは無名であること。

もののけ姫とエヴァンゲリオン(宮崎監督と庵野監督)

十五年ほど前からあるブームに「ラーメン」がある。
十年前ぐらいだったろうか、ラーメンブームの渦中にあって、中野にある『青葉』の開発した「魚介系スープと動物系スープの“ブレンド”」というアイデアは余程ロックであったし、お笑いであった。

出し抜けにおかしなこと言ったが、私は正気だ。むしろ出汁抜けである。

今となっては、ラーメンに期待しない時代がかつてあったのが信じられないほど、我々はラーメンに期待するようになった。それがブームというやつである。

『青葉』のブレンドスープはまるで、長調と単調とが入り交じるモーツァルト、もしくはビートルズのような音楽的アプローチに思え興奮したものだ。
やがて「ラーメン」はジャンルとして格段に面白くなり、底辺は拡大、味もずいぶんと美味くなった。

つまり「ラーメン」はベンチャーだったのである。

ビートたけしやタモリという「異質」がお笑いの可能性を拓く以前のお笑いは、いわゆる“ダメなジャンル”であった。
ビートたけしが浅草へ出向いたのは投機目的である。タモリはお笑い自体を他ジャンルの文化人達とからかいまくり、笑いのめした。

彼らは言ってみれば「ラーメン屋」を創業したオヤジなのだった。吉村家だ、わかんねーけど。

バンドブームなんてのもあった。これも幾人もの“創業オヤジ“を生んだ現象であった。
そういえば、ネット産業も一時期はロックな感じの空気感を出していたし、「ホリエモン」という創業者アイコンの暴走は、バブル期のとんねるずと重なって見えた。

今は「お笑い」も「ロック」も“終わってる“時代である。
芸人ほどつまらない仕事もないんじゃないかと思う。ロックはゴリゴリの「商品」だ。
それも双方がジャンルとして成熟したからである。経済的に自立した大人期にあるのだ。

私が個人的にお笑いに感じたものと、ロックに感じたもの、ひいてはラーメンに感じたものは、人類創生の昔からある、後の“ロック的なるもの”と相通ずるに違いない。それは膠着化したものをブレークスルーするにはとても役立つ技術と、精神性だ。
演芸も退屈だった、音楽は特権的すぎて気が引けた、ラーメンに期待する方が間違ってる。そんな抑圧を開放し、凝り固まった価値観をひっくり返す暴力的なアイデアが私は好きだ。おかしみの果てにある“面白味“を感じるのである。

一つの文化が起こり、やがて成熟し、退屈を生むのは仕方がないことである。逆に言えば、そうなる可能性のないジャンルなど「確立」以前に消える。

マキタスポーツ | お笑いとはラーメンである (via tsuda) (via yuco) (via saitamanodoruji) (via gkojax) (via asuka) (via nanospectives)

19 :名無しさん@十周年:2009/10/16(金) 17:55:02 ID:MVkpniAp0
専業主婦が一般的だったのは高度経済成長期の数十年、たった1世代でしかないという事実
よくあることなんだけど、今現在の社会的な慣習を永続的なものだとみんな勘違いしちゃうんだよ。

みんなでクルマを持つようになってまだたった1世代。
腕時計をするようになって1世代だが、携帯のせいで売り上げが3分の1に激減
社会人のたしなみと誰も疑ってなかったはずのものが、1世代であっけなく終了。
タバコと酒の消費量は戦後で1人あたり5倍くらいになってて、今みたいにパカパカ摂取するようになって1世代。
(だから健康被害とか出てくるんですよ。当たり前やがな)
バカみたいな飲み会とかやってたのは実は団塊だけ。タバコは今のペースならあと0.5世代で滅ぶ。
自由恋愛も1~2世代ですよね。だいたい告白という風習が少女漫画から広まったものじゃなかったっけ。1世代。
(社会慣習は意外とフィクションの影響を受けている)
日本女性がブラジャーをつけるようになって1.5世代くらいか。
今のスタイルの葬式がもうちょっと長くて2世代くらい?

ほかにも「実はたった1世代」ってモノや慣習は無数にある。ちょっとこの事実にお前ら恐怖したほうがいいです。

だからまあ、なんも考えず親世代の真似をしようとするのはやめろ。無理だから。
親の言うことも聞くな。だいたい親もこの辺のこと分かってねえから。愚者は経験に学ぶ。しかもたった1世代の。
終身雇用なんてギャグだし、ローンで家建てる前に経済誌でも購読するべきだし。
ブルーカラーやホワイトカラーどころか、最近はゴールドカラーって新しい職種が出てきてるなんて言われている。

せっかくなのでこれも
ttp://d.hatena.ne.jp/nishiohirokazu/20090401/1238588872

> * 2010年に需要のある仕事上位10位は
> * 2004年にはまだ存在していませんでした。

> わたしたちは指数的に成長する時代に生きています。
> 5000万人の視聴者を獲得するまでにかかった年数
> * ラジオ 38年 * テレビ 13年 * インターネット 4年 * iPod 3年 * Facebook 2年

変化に対応できないと、ものすごい勢いで取り残されてしまうよ。簡単に墓場まで逃げ切れると思うな。

【社会】 「結婚したい女」多過ぎて、お見合いパーティーに男足りず★2 (via budda) (via fukumatsu) (via theemitter) (via katoyuu) (via hanemimi) (via appbank)

中沢:
僕ヒマラヤへ入っていったわけですよ。それで僕の荷物を持ってくれているシェルパの人、ずっとウォークマン聞いているんですよ。で、まあマイケルジャクソンだったと。笑 僕としてはエキゾチックというか、、冒険家の気分なんですね。日本人の研究者が踏み込んだことないところに行くわけですけど一緒に歩いているシェルパの人はそんな意識まったくないわけですよ。だって日本人にしても欧米人にしても冒険だと思って出かけていくけれどそこに住んでいる人たちにとっては日常なわけで、そんなのは幻想に過ぎないんですね。

で、イヤホンを耳につけたとき、これがマイケル・ジャクソンだったときの衝撃っていうのがあるのね。外の世界ではお経の世界とかあるわけ。冷水を浴びせられるような思いがしたんですね。

つまり何か未知のものを手に入れて、それを高々とこう、かざすようにして元の国や共同体に戻っていくのはだめなんじゃないかと思った。つまり地球上は誰かが一度は歩き、誰かが一度はフィルムにおさめ、誰かが一度は語ってきた世界になっているんじゃないかと。そうしたとき、僕らにやらなきゃいけないことは冒険じゃないんじゃないかと思った。大事なのは、細野さんもいったけど路地裏だと思っている。つまり誰もが知っていて、誰もが当たり前だと思って使って楽しんでいるものがあって、それを全然違う目で見て、違う編み上げ方で作っていったとき、今までの世界ががらっと姿を変えてくれる。そういう風にしてぼくらの文化や未来は作り上げられなくてはいけないんじゃないかと思った。

多摩美術大学「21世紀文化論」中沢新一×細野晴臣

link tamabi.tv | 多摩美術大学

(via orehmi)

(via kemuridama)

(via takaakik) 2008-08-16 (via gkojay) (via kondot) (via nemoi) (via numabooks)

泰: あ、初めて重複リブログしちまった。最初にリブログしてからどのくらいたったんだろう?

(via nanospectives)

“ ユーモアのセンスを持ち続けるということは、不幸な出来事も肩をすくめてやり過ごせるということだし、 ユーモアを失うということは、そういう出来事で傷ついてしまうということだ。 そして、力強さのしるし、あるいは特長は、自分のことを深刻に考えすぎないということだ。 ”

Taste for Makers

“ 私が思うに、これはユーモアが力と関連しているからだ。 ユーモアのセンスがあることは、力強くあることである。 ユーモアのセンスを持ち続けるということは、不幸な出来事も肩をすくめてやり過ごせるということだし、 ユーモアを失うということは、そういう出来事で傷ついてしまうということだ。 そして、力強さのしるし、あるいは特長は、自分のことを深刻に考えすぎないということだ。 この自信は、しばしば過程の全てをちょっとばかり茶化すようなところがある。 ヒッチコックが彼の映画でやったように。あるいはブリューゲルが彼の絵画でやったように。 この点に関してはシェークスピアも同様だ。 ”

Taste for Makers

“ ちょっとひねったアイディアだが、もし未来の世代にも気に入られるものを作りたいなら、 過去の世代にも気に入られるものを作ろうとするのも一つの方法だ。 未来がどうなるかを予測するのは難しいが、 現在の流行に左右されないという意味では過去も同じようなものだ。 だから現在の人々に好まれて、しかも1500年の人々にも好まれたであろうものが作れれば、 それが2500年の人々にも好まれるであろう可能性は高い。 ”

Taste for Makers

“ ちょっとひねったアイディアだが、もし未来の世代にも気に入られるものを作りたいなら、 過去の世代にも気に入られるものを作ろうとするのも一つの方法だ。 未来がどうなるかを予測するのは難しいが、 現在の流行に左右されないという意味では過去も同じようなものだ。 だから現在の人々に好まれて、しかも1500年の人々にも好まれたであろうものが作れれば、 それが2500年の人々にも好まれるであろう可能性は高い。 ”

Taste for Makers

良いデザインは集団で生起する。 15世紀のフィレンツェには、 ブルネレスキ、ギベルティ、ドナテルロ、マザッチョ、フィリッポ・リッピ、 フラ・アンジェリコ、ヴェロッキオ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてミケランジェロがいた。 その当時、ミラノはフィレンツェとほぼ同規模の都市だった。 あなたは何人のミラノ出身のアーティストを挙げることができるだろうか。

15世紀、フィレンツェには何かが起こっていたのだ。 それは現在に続いてはいないから、血統のせいではないと言える。 レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロに何らかの生まれながらの能力が備わっていたとしても、 ミラノにも同様の能力を持った人はいたはずだ。ではミラノのレオナルドには何が起こったのだろう。

現在、アメリカ合衆国には15世紀のフィレンツェの人口の約1000倍の人々が住んでいる。 1000人のレオナルド、1000人のミケランジェロが我々の中にいるはずだ。 DNAが全てを支配するなら、こんにち我々は毎日のように素晴らしい芸術に驚嘆している はずではないか。現実はそうではない。レオナルドがレオナルドになるには、 生まれながらの能力以上の何かが必要なのだ。1450年のフィレンツェが必要なのだ。

関連した問題を解こうとしている才能ある人々のコミュニティほどパワフルなものはない。 それに比較すれば遺伝子の影響なんて小さなものだ。 遺伝子的にレオナルドであるだけでは、フィレンツェではなくミラノに生まれてしまった 不利を打ち消すことはできない。 現代では人々の移動は激しいが、良い仕事は依然としてごく少数の「ホットスポット」から 集中して出てくる。バウハウス、マンハッタンプロジェクト、「ニューヨーカー」、 ロッキードのスカンクワークス、そしてゼロックスのParc。

どんな時代にも、少数のホットなトピックがあり、それに向けて多くの仕事をなす少数の集団がいる。 それらの中心から遠く離れてしまっていては、良い仕事をするのはほとんど不可能だ。 このような流れを押しよせたり引き寄せたりすることはある程度できるが、 完全に逃れることは出来ない。 (いや、あなたなら出来るかもしれないけどね。でもミラノのレオナルドには出来なかった)。

Taste for Makers (via takaakik) (via gappy) (via theemitter) (via nemoi) (via nanospectives)

明和電機が海外で公演をすると、ときどき


「お前がやりたいのは、アートなのか?それともエンターテインメントなのか?」


と言われるのです。
それには


「うーん、実は日本には、どっちつかずの“芸能”というジャンルがありまして・・・・
あなた方がアートだと思ってる歌舞伎も、本来はその“芸能”でして・・・・
実は僕、コメディアンの事務所、吉本興業に所属してるんです!!」

という流れになって、いつも相手をさらに混乱させてしまいます。


しかし、この「アート」と「エンターテインメント」が混在してしまっていることが、
実は、日本の特長だと思うのです。
というか、その区別すらないのです。

だから茶道や書道のように、日常生活がそのまま芸術に昇華できたり、
マンガやアニメが、単なる童話ではなく、崇高な思想を込めたものになるのです。


そして海外の人たちがそれを発見して驚くのです。

~明和電機 社長ブログ~: そもそもメディア芸術ってなに? 国立メディア総合センター <考察> (via tkmr) (via massava)

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“ やる価値のあることは、失敗したとしても価値がある。 ”

欧米のことわざ

名言集・格言集: やる価値のあることは、失敗したとしても価値がある。(欧米のことわざ): 座右の銘にしたい名言集

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(via proto-jp) (via yaruo)

(via ymgcug) (via nanospectives)

テレビ局の「電波利益率」は1000倍

実際、CM出すとき請求書に多額の「電波料」が請求されてくるもんね。
これみて、オイシイ商売だなあと思いました。しかも当時多くの人は気づいてなかったの。このカラクリに。だから、買収しようと思いました(笑)プロ野球球団の子会社への補填金も未だに、非課税だからね。特別な税務通達により、これもクリア。映画会社がプロ野球を保有してた40年くらいまえに、特権的階級を利用して政治家に働きかけた結果。未だにマスコミ各社はこの問題に触れない。まあ、当たり前か。

子供手当て、食料自給率、電波利権|堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」by Ameba (via ssbt) (via tagkaz)

(via nisshan) (via my-pictures-online) (via ak47) (via nanospectives)